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ロッキングオンジャパン 編集長・小栁大輔氏が THECOO株式会社 ・平良真人へ切り込む!                                                                 -第一弾: I am the Resurrection-

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ーーー 生年月日は?

1973年12月22日生まれです。

ーーー ということは今年で46才ですね。どう思います?46才という年齢を。

人生半分過ぎたな~ってすごく思いますね。あっという間にすぎちゃったなっていうのはありますね。ただでもネガティブもポジティブも何もなく、常に今この瞬間を楽しんでいるつもりなので、悔いのないというか。年齢に関しては本当に特に何もないですね。

ーーー 僕もうすぐ40才になるんですよ。「もう終わりかけているんだなぁ」と思うことの方が多くなりました。どういうことかと言うと、今みたいな体力と今みたいな集中力と今みたいな感性で仕事に取り組めるのは、もしかしたら時間が限られているのかもしれない。そういう、季節が過ぎる感じというか。そういうのは無いですか?

僕は父の影響がとても強いので、人生を四季・春夏秋冬でよく父親が表現していて、青春、朱夏、白秋、玄冬では、青春と言われているものが青年時代じゃないですか、たぶん今夏も終わりかけですよね。
しかし、体力的には、登山とか始めたせいもあって、一番健康だったりするんですよね。働き方も20代の頃とあまり変わっていないんですよね。なので、あまり老いを感じないんですよね。髪の毛は薄くなりましたが、あまり老いは感じないなぁ。そこはちょっと変なのかもしれない。

ーーー なるほど。それはそれだけ強力なルーティンを持っているとか?或いは「年取るってそういうもんだぜ」みたいな?

よく言うじゃないですか。自分がハタチの時の40代の人とか、一番初めの上司とか見て「かっこいいな」「ああなりたいな」とか或いは「ああはなりたくないな」とかある人もいると思うんですけど。まず「ああなってないな」と言うのと、変わってないないなぁって自戒を込めて思いますね。

ーーー 変わっていない?

大して変わってないなって。良い意味でも悪い意味でも。ずっと無邪気に楽しんでいるだけだなみたいな。すごく思いますね。これは、そうありたい部分でもあります。

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ーーー 一瞬一瞬を楽しむ?

そうですね、楽しんでいたいなって思います。だから楽しくないことはしたくない。楽しくないってなんだよって色々あると思いますけど、それはすごく感じますね。

ーーー それはいつからですか?子供の頃からそのマインドは持っていた?

そうですね。言葉を選ぶと「刹那的」な感じ?「享楽的」な感じ?すごくネガティブに聞こえるパターンが多いじゃないですか。だけど自分にとって楽しくやるというのは、難しいことと同じ意味なんですね。それはずっと変わっていないと思います。

ーーー 困難に向かっている時間であろうと、いわゆる本当にENJOYしている時間だろうと、どっちも楽しい?

どちらも楽しいという表現になりますね。今「困難」という言葉を使われたじゃないですか。英語で言うと「hard」じゃなくて「difficult」なんですよ。その方が好きなんです僕。hardって「苦」が付くじゃないですか。まぁそれも伴っているとは思うんですけど「難しい」方が好きです。自分にとって難しいという。

ーーー それは昔からですか?

そうですね。今でも覚えているのが、僕は浪人しているんですけど、現役の時に担任の先生に第一志望には「受からない」って言われたんですよ。そんな勉強できない訳じゃないけど、特別良くもなかった。現役で中央大学の哲学科に受かったんです。しかも数学科で受験して哲学科入ったんですけど。もう訳わかんないですよね(笑)めちゃくちゃですね(笑)行くつもりなかったんですけど、自分のプライドのためだけに受けたんでしょうね。でも、そこしか受からなかったんですよ。何十個も受けて。だけどなんでか一橋大学に行きたくて。でも1年やれば受かる!みたいな根拠のない自信だけはありました。その意志を制限されそうになったんですね。母は「やめろ」と言って親父は「やれ」と言って、学校の先生も「やめた方がいい」「現役で受かった所に行った方がいい」言われたんです。なんかそういう可能性を否定することを言う人が嫌いでした。「なんで勝手に決めるの?」みたいな。かっこいいこと言うと「なんで僕の可能性を決めることができるの?」って。やれば出来るじゃんって強く思ってました。だから昔からそうなんだと思います。「難しい」方が楽しいんだと思います。

ーーー difficult?
difficultの方が燃えるんだと思います。それは結果として他人と競争をしているのかもしれないですけど、自分と競うということを課すということ、つまり「自分に勝て」という風に教育されてきた記憶が強くあります。

ーーー それは受験の時に初めて発見した自分ではないですよね?

かもしれないですよね。小さい頃は他人と競争してました。負けん気が強くて。。。。ガンプラを作って、コンテストに出してもやっぱ1位取りたかったし、学校の成績とか駆けっこでもやっぱ1位取りたかった。でも小さい時から「他人とは競争するな」って親にずっと言われていました。自分と競争しろ!と常に言われていました。

ーーー それは親御さんから?

特に父からです。「人と競争すると不幸になる!」

ーーー なるほど。

「幸せは自分で決める」ってずっと言われていて。意味わからなかったけど、今でも覚えているのは「0を見つけなさい」と言われた。0の発見はすごく偉大な発明で、起点を決めることだと。中学生の頃に勉強する数学でX,Y,Zってあるじゃないですか?その例えを使って、原点を自分で決めなさいとずっと言われてました。そこを決めないと、価値が定まらない。例えばxは1、yは2、zは3というのは原点を決めないと決められないと。それで、世の中の多くの人は原点を人に決めてもらっているから自分で決めろと。そんな小難しい事を本当に小さな頃から言われていました。意味分かんなかったけど、それは正しい事なんだな~ そういう風に生きるべきなんだな~ぼやっと思ってました。

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ーーー その「起点を決めろ。0を決めろ。しかも自分で」というのと、今の瞬間瞬間を全力で楽しんでいく姿勢というのは無関係ではないと思うんですけど、自分の中ではどういう風に繋がっている感覚がありますか?

原点というのは、また音楽の話に戻っちゃうんですけど(つい最近知ったことなんですけど)自分の好きな音楽を聞いた時に鳥肌が立たない人がいると。僕は必ず自分の好きな音楽を聞くと鳥肌が立って「これは自分の求めている音楽だ」って確信してきました。それがたまたまロッキングオンのレヴューと同じだったから、僕はロッキングオンを信じていたんですよ。僕にとっては「鳥肌が立つ」という事が原点だったんですね。0だったんですよ。絶対的に僕が信じていい美的価値観の起点だと。それを考えた時に原点になれるものはめちゃくちゃ分かりやすいはずだなって思うようになったんです。要は、感情的なものとか身体的なとかで、論理的なものではない。僕はその一瞬一瞬に関して、難しいということは楽しいことであり、それが原点なんだろうなって思ってます。だって理由がないですもん。説明できないんですよ。だからこそロッキングオンが好きなんですよね。僕の鳥肌を説明してるからw

ーーー なるほど、言語化してくれるんですね。

はい。どっちかというと、プリミティブな物をすごく信じていますね。

ーーー まさにプリミティブですよね。現象というか、衝動というか。

ある時に鳥肌が立たない人が居るって聞いて、びっくりしたんだすよ。ではその人は何をもって好き嫌いを、音楽やアートの好き嫌いを判断しているんだろう、みたいな。すごく思いました。なんか10人に1人とかそれくらいらしいですよ。

ーーー それって希少種って事ですよね。

そういう事ですね。鳥肌は立ちますか?

ーーー 僕は稀にですよ。

稀になんですか?それは好きな音楽が少ないから?

ーーー そうかもしれないですね。なんかもう「やばいもん見たな」みたいな時には立ちますね。あとどちらかと言うと、小説とか読んだ時の方がそうなるかもしれないですね。

やはり物書きなんですね。

ーーー そうかもしれないですね。自分にガーンって来るときよりも、自分が没入していく時にちょっとずつゾワゾワゾワゾワってしていくんですよね。深みにハマろうとしているな、自分は。みたいな。映画とかもなりますね。

僕は圧倒的にそれが音楽だったんですよね。 

ーーー 聞いた瞬間に訪ずれるんですか?

聞いた瞬間ですね。明確に言えます。どの曲のどの瞬間のギターのリフみたいな明確に言えますね。

ーーー それはどういうものに起こるのかって、傾向性とかはあるんですか?

傾向……感覚ですけど、分かんない、これは本当分からないですけど、自分にとって新しいものだと思います。自分が今まで知らなかったもの。とか、世の中的にも新しいもの。そういうと、新しく流行るものは、ミーハーな感覚はあるんで、マーケティングで言うとアーリーアダプターみたいな感覚はあるので。あ、これめっちゃ新しいなって感じた時は「売れるな」とか「このバンド外れるな」とかすごく思ったりしますね。

ーーー 面白いですね。抽象的な表現になるんですけど、それは「音楽」なのか「音」なのか。要するにどの単位で起こるのか、結構重要だと思うんですけど。

メロディーですね。いや、メロディーなのかな…(考える)うん、メロディーだな……。「うわ、この旋律!!」ってゾクゾクしますね。

ーーー それを最初に感じたのは何歳位の時なんですか? 

中学校2年生位。13才とか14才の時にTHE STONE ROSESのI Am the Resurrection を聞いた時に、最後の曲が終わってから、あの時のドラム、ギターのグルーヴを聞いた時に…衝撃を受けましたね。

ーーー へえええ。あれって普通に考えたらリテラシーが必要な部分ですけどね。

そうなんでしょうね。でもあれが本当に一番初めに「ロックってこんなにカッコよくて美しいんだ」って言うのを感じたものです。もちろん初めからバーっと流して好きなとこ沢山ありますけど、あそこ聞いた時にびっくりしましたね。「なんだこれ」って。

ーーー なるほど。

そう考えると、メロディーじゃないですね。グルーヴ感みたいな。

ーーー そうかもしれないですね。

特にやはりギターの音が好きですね。

ーーー 音楽以外に、その鳥肌が立つ感覚は?要するに「原点0」を差し込む瞬間というか。あったんですか?

言われて思いついたのは、大学の時にフィレンツェのウフィツィ美術館に行って、『ヴィーナスの誕生』を目の前にした時に同じ感覚でしたね。「こりゃすげぇ」って。なぜかよく分からないけど圧倒される。美術館の感じもちょっと薄暗くて人も少なかったんですけど、一時間くらいずっと見ていましたね。言語化できないですけどね。やっぱり名画って呼ばれているだけあるんだなって。

ーーー I Am the Resurrectionよりも前にはあったんですか?今思えば、あれもそうだなぁみたいな。

母親の田舎が宮崎で、夏休みに祖父母に会いに帰ったんでしょうね。その時に近藤真彦のハイティーン・ブギを皆の前で歌ったんですよ。あの時は同じような感覚ありましたね。わーーっ元気な子供だねって大人が喜んでくれて(笑)。母の田舎にはあまり帰れていなくて。父の田舎、沖縄にはよく行っていたんですけど。その時にたまに会う親戚の人達が、座敷に20人くらい集まっている時にラジカセとおもちゃのマイクで歌ったんですよね。よく覚えていますね。その時は恥ずかしかったけどなんか楽しかったですね。 

ーーー それは喜んでもらえたことの楽しさとか喜び・需実感なのか。或いは或いは自分に向いたものなのかどっちなんでしょう?

人ですね。人に向いていたともいます。喜んでくれた、笑ってくれたみたいな。 

ーーー 要するに、そこになかったものを自分が生み出せたみたいな。 

やっぱり…音楽しか思い浮かばないですね。圧倒的に音楽なんですよね。



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